ニセコに、家族で営んでいる宿がある。一日二組限定で、せいぜい七人が限度だそう。
バブル期、どこぞの企業の保養施設だったらしい建物には、その当時の最高水準の音響装置や200インチ程のスクリーンがあり、テレビやレーザーディスク(!)を楽しむことも出来る。クオリティとしては、70年代以前の古い映画が合う。
目当ての温泉は、ここ専用の源泉、かけ流しであり、大窓を全開にすると露天風呂に様変わりする。
各所のしつらえはやはり年期を感じるが、さすがに金のかかったものばかりで、なんともバブリーでレトロだ。だからこそ、「壊れたら直せない」と主は言う。
付近の契約農家や漁師から直接買い付けた食材は、どれも持ち味を生かした女将さんの手作り料理として、これまたワンオフのテーブルに並ぶ。
どれも素晴らしく美味しかったが、最も感動したのは「米」であった。出所の明らかな、混ぜもののない米は、その都度精米されて炊かれ、一粒ずつが煌めきを放ちつつ存在を主張する。
なんと客室にはテレビがない。室内にはわずかに空調ファンの音が聞き取れるだけ。外は深雪がすべての雑音を吸収する。
何も聞こえないことがこれ程の贅沢とは。
金子みすずの詩集が部屋に置いてあるのは正しい心配りだ。
携帯の電源を切ったのは正しい行いだった。