ZZR0831 Weblog

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2008-02-24

2008年 2月 24 日曜日

大雪…オオユキ…タイセツ…大切

週末に大雪が多いのは都市部の大気の流れと関係があるとか聞いたことがある。
それにしても参った。
雪かきにこの二日間だけで6時間以上費やしている。
ハチもあちこちで数度もスタックしちまい、お隣さんやら通りかかりの人やらに随分と世話になった。

世話になったお隣さんにはステラマリスのシュークリームをお礼とした。
「いやーなんもなんも」といった感じだったが、一年を通して挨拶を交わすことは普通とはいえ、なかなかじっくりとお話しできることも少ない。
ゆきかきもいいもんだ。

千歳では何十台ものクルマが吹雪で立ち往生し、自衛隊まで出動したと聞く。
それほどのもんだから、朝からの予定もキャンセルせざるを得なかった。

しかし午後からは青空になったので、折角だから「北海道開拓の歴史村」にてD300を試す。
来正旅館
旭川の近く、永山駅そばにある来正旅館では、どうやら道の役人と思しきが色々と話し合いながら、昼間っから一杯やっていた。
来正旅館
廊下には壁の隙間から吹雪が差し込む。
農家
昔の農家でも、
開拓小屋
ましてや入植して間もない開拓者ならなおさら、
囲炉裏
暖かい囲炉裏のそばでのコミュニケーションは温かかったんでしょうな。
山本理髪店
それにしても雪の中の開拓の歴史村は好きだ。
馬そり
なんでかというと、色々あるが、ひとつは閑かだからだ。
実は休日だというのにあまり人がいない。
それだけに「昔」をイメージしやすく、しかもこれだけ寒いと厳しい昔の北海道の生活に思いも馳せる。

ところが帰りがけ、やけに賑やかになった。
中国からの観光客がソリで滑ったりしてとても楽しそうだ。
言葉はわからないが、とにかく声が大きく、本当に楽しそうだ。

北海道の真冬の日中から発信される「温故知新」…日中の温かく新しい掛け橋になればいいな。
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2008-01-24

2008年 1月 24 木曜日

昭和30年代の札幌


コーチャンフォーにぶらりと寄り、DVDを買った。

タイトルは「懐かしい昭和のワンパク時代」(北海道放送)という。北海道放送(HBC)が放送した、昭和30年代の札幌の映像を210分も詰め込んだ作品だ。

ギリギリ生まれていないが、心当たりのある絵もたくさんならぶ。
  (1)大流行したあの頃の遊び 【約10分】 
  (2)懐かしい暮らしがよみがえる 【約20分】
  (3)札幌ラーメンが生まれるまで 【約7分】
  (4)札幌チンチン電車物語 【約15分】
  (5)絶頂期の夕張 【約10分】
  (6)知床の秘境に生きる 【約10分】
  (7)通り過ぎて行く鉄道の風景 【約12分】
  (8)人生運んだ青函連絡船 【約8分】
  (9)馬ふん風に吹かれて 【約8分】
  (10)煤煙が目にしみる 【約8分】
  (11)小学校の思い出(1学期編) 【約7分】
  (12)短かった夏休み 【約6分】
  (13)小学校の思い出(2・3学期編) 【約8分】
  (14)ちょっと昔の海水浴 【約6分】
  (15)人馬一体の米作り 【約8分】
  (16)早く来い来いお正月 【約12分】
  (17)テレビが始まった!! 【約17分】
  (18)タイムトラベル札幌散歩 【約29分】


汲み取り便所があたりまえ。
俺なんて生家のアパートから始まり、大学生時代の下宿までなぜかずっと汲み取りだったもんな。
(「運」が強いのはそのおかげ?)

ハエが飛んでいてあたりまえ。
ハエ取りリボンもあたりまえ。
(ハエ以外に捕まった小僧は俺だけではあるまい…しかも顔に…)

夏も冬も外で遊ぶのがあたりまえ。
今頃の季節はみんなで雪山作ってミニスキーやソリで汗だくに。
(晩飯のうまかったこと)

冬は寒くてあたりまえ。
道庁前の池でスケートしてたんだ!
(ここ数日はとても「シバレル」ので、なんかむしろちょっとホッとしている)

不便があたりまえ。
工夫したり協力しなきゃ北海道の冬は越せなかった。
(人々の絆も強かった)

そういえば、今だって雪が積もると親切な人が増えるぞ。
譲り合ったり、力を合わせたり、頭を下げあったり…
(「雪道のハチ」…冬のFR車乗りはなおさら思う)

明日からは爆弾低気圧が札幌を襲うらしい。

新雪の上に親切が積もるといいねぇ。
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2007-10-09

2007年 10月 09 火曜日

夕張にハンカチ

この3連休は、試しにダラダラしてみた…ところが、やはりダメだった…で仕方なくzzr0831-1号を走らせ散歩した「ダラダラ夕張」。

地球はやはりおかしい…10月の北海道、薄着のバイクで寒くない。
途中、[Z] 栗山町 「大鵬」に寄ってガーリックラーメンを喰ったとはいえ、汗が引かぬほど温(ぬく)い昼下がり。

昨日の寝床から見えた空は素晴らしく青かった。
久々のダラダラは心地よかったし、寝過ぎて体中は痛かった。
しかし、これはこれで幸福だった。

後悔…今日は曇り空だ。

夕張市内を流れる川面の紅葉も今ひとつさえない。
夕張の川

幸せの黄色いハンカチ幸せの黄色いハンカチ想いで広場」に寄ってみた。


映画で準主役だった赤いファミリアがそのままのナンバーで置いてある。
至る所、絵馬ならぬ黄色いメッセージがぶら下がる。

しま ゆうさく高倉健演じる「島ゆうさく」宅もそのまんまに置かれ、作品最後の感動シーンがリプレイされている。

幸せの黄色いハンカチ例のハンカチもそのまんま。



帰宅しDVDを観る。

30年前の作品…30年前の北海道…そういえば当時、足寄の知り合いのケーキ屋には高倉健のサインが誇らしげに飾ってあったっけ。
スクリーンに映る30年前の北海道は…帯広・網走…夕張…店や家が連なり人混みがあり…なまらな賑わい。

今はどうだい北海道。

札幌とか以外は非道いじゃないか。
家々はどんどん減り、道行く若者見あたらず。

2002年の頃と往時の夕張を比べるシーンがおまけにあるが、今はもっとスカスカだ。
「そこの銭湯を…曲がって…」…なーんもない草むら。

夕張石炭の歴史村

いっそ、「寂寥感」を売り物にしてはどうかな?…と思った。
今の日本、寂しいが多いので、寂しさ紛らわすにや寂しい空気こそいいんじゃないかい?…と思った。
「バリバリ夕張」は過去のモノとし、「バラバラ夕張」はどうかと思う…そうして結局は賑わっちゃい、やはり「バリバリ」にならんべか。

とにもかくにも、「地方」という言葉自体が遙か「地方」に行っちゃってる。

みんなみんな、「北海道の津津浦々」を歩いてよ。

寂しいなんてもんじゃないんだわ。
(…特に福ちゃん)
posted on 2007-10-09 カテゴリ: 北海道 - 0 個のコメント - 0 個のトラックバック

2007-04-01

2007年 4月 01 日曜日

季節の節目

年度末は我が家でも節目の記念日である。ニセコのエ・ビーナに予約を入れたら、さすがに前日ではムリとのこと。
ではではということで思い切って三余庵へ、1年と7ヶ月ぶりの温泉である。
[Z] たまのオフ

ハチのロータリーハウジングにたまったカーボンを掃除するような気持ちで道東道を行く。
夕張では多少の足しにでもなればと、ホンの多少だが物を買う。
日勝峠を越え、滑走路のような貸し切りの高速道路を駈け、十勝に到着。

               外車墓地
MGB、VW、アルファ、ミニ…なんとルノーV6ターボ!。
墓標こそないが、暮れなずむ十勝の草むらに欧州スポーツカーの面々が眠る…合掌。

それにしても三余庵のもてなしは素晴らしい。ただでさえ美味い北海道の、各地の逸品を並べてくれる。
三余庵の朝飯
                      
               世界に唯2つのモール温泉も各部屋にあり。

                          タウシュベツ川橋梁
春のタウシュベツ橋を撮りたくて然別湖までわざわざ行ったが、冬季通行止めだということを行ってから知る。
キタキツネエサをねだるキタキツネに「あほ」と言われる始末。
(絶対にエサはあげません)
    それでも天気がいいからまあいいや。

                         ムシの標本
再び屈足でぐったりのテントウムシとカブトムシ達(スバル360とVWビートル)に出会う。

                    美瑛に春
                  今やお決まりの美瑛に寄る。
                 
                     畑に撒かれた融雪剤が春を呼ぶ曲の楽譜に映る。
posted on 2007-04-01 カテゴリ: 北海道 - 2 個のコメント - 0 個のトラックバック

2007-01-12

2007年 1月 12 金曜日

温故知新~北海道開拓の歴史村

一仕事終え、帰りがけに北海道開拓の村へ寄った。
(フォトアルバムへ)

大通り
日暮れも近く、平日ということもありまさに貸し切り。
寒さも手伝って「19~20世紀初頭の北海道の空気」を独り占め。

来正旅館
今は旭川の永山、宿の客室では役人と思しき男が今期の農作物の出来について話し合っていた。

札幌師範学校近景
札幌師範学校武道場…つまり、後の北海道教育大学札幌分校武道場。
札幌師範学校武道場室内
昭和61年まで俺もここで稽古した。窓ガラスの隙間から漏れた雪が畳に積もっていたなんて懐かしい。

ただし当時と往時は柔道場と剣道場が逆だな。

札幌師範学校武道場
現在の市電通り側からの眺めだ…市電すらないこの頃。


ガキの頃はまだこんな感じの床屋でジョキジョキされたもんだ。


子供達は駄菓子屋に胸躍らせ…


寺の鐘と「ごはんができたよ~!」の母の声。


冬タイヤ交換…ではなく、雪用の蹄鉄交換。ちゃんとスパイクがついている。


玩具に防寒具、文房具とそろうが、夜になりゃきちんと閉まる本来のお店


西洋であることがステータスであった。

屯田兵
屯田兵は頑張って原始林の木の根っこを掘った。


2007年、俺は1980年代のCDをレンタルビデオ屋で100円で買う。
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2007-01-03

2007年 1月 03 水曜日

初ツーリング

なーんのプレッシャーもない正月はいい。
喰っちゃ寝の元旦。
2日はいいだけ眠り、起きたらすでにカミさんは早朝からバーゲンにお出かけ。
「ちょっと写真撮りに行ってくるわい。」と書き置きしてロータリーエンジンに火を入れる。

ハチは道央自動車道を駈け、秩父別へ向かった。
秩父別駅
かつては、この飛行機がある場所のすぐそばに祖母宅があり、年が一ケタの頃はよくこの辺で遊んだもんだ。F-104J

旭川を通過し、美瑛に。美瑛
残念ながらちょっと曇り。
(教え子からの電話が鳴る)

至る所冬季通行止めだ。ましてやハチではちょっとでもムリはできない。
美瑛 マイルドセブンの丘
長靴に履き替えてミニトレッキング。
(牛舎からのアンモニア臭に倒れそう…)
美瑛
月が綺麗だ。

急いで札幌へ戻り、身内で一杯やっているとまた教え子から電話が鳴った。

(わーった、わーったって、今行くってよ…)

ボクサー、アナウンサー、役者、ヘリのセールスマン、クルマ屋、カメラマン、ジェット機の整備、運送屋、IT屋、納豆屋…といってもバイオ屋、主婦、脱サラ教師志願、アイ○○はなんだっけ?…

新(あらた)
「らあめん新(あらた)」
札幌市中央区南6条西7丁目(市電通り沿い)

格くんとこれ喰って帰りました。
posted on 2007-01-03 カテゴリ: 北海道 - 1 個のコメント - 0 個のトラックバック

2006-10-27

2006年 10月 27 金曜日

北海道日本”一”ハムファイターズ

川合の最後も感無量だった。
川井おつかれさま!
巨人ファンだったころ、実は一番好きな選手だった。

新城のラスト
新庄の最終打席では、谷繁が「真っ直ぐ放るからな。」と語りかけたそうな。
その声が聞こえていたら大泣きしたべな。



まだまだテレビで余韻が続く。
ではお休みなさい。
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2006-10-24

2006年 10月 24 火曜日

北海道は日本の…

高校時代の下宿先では、本州からの転勤族も多数いた。
異口同音、「飛ばされた」とはなんとも道産子に失礼な!…とは高校生ながらに感じたモノだ。
しかし、日がたつにつれてその印象は大きく変わるようで、これまた異口同音「北海道はいい!」とうれしそうに語っていたのが印象的だ。

「北海道ってそんなにいいのか?」という、逆輸入の疑問を確認するためにバイクで道内至る所を回ったわけではないが、つくづく「北海道はいい」ということを知り、北海道大好き男となる。
美瑛

だが、北海道は寂しかった…
特に野球では、ジャイアンツが人気だったといっても所詮「東京」である。日本シリーズで優勝しようとも北海道にお礼の頭を下げるわけがない。それでも道産子の多くは、俺も含めて応援し続けた。

「北海道に球団を!」というムーブメントが起きたときも半信半疑だったのは俺だけではなかろう。
「来るはずないべや」というのが多くの本音というかあきらめだったのではないか。

ところが夢かない、日本ハムファイターズが本拠地を移したが、「なーんだ…」という空気もなきにしろあらず。
巨人だったら「サッポロジャイアンツ」で、サッポロビールの商品名そのままで面白かったのになんてしょうもない冗談も聞かれたほどだ。

しかしそれもまもなく払拭され、北海道の大地で育つはなにも作物だけではなく、日ハムという種がスポーツ文化を育みつつあるというのが、なんともうれしい。

「北海道日本ハムファイターズ」…名称がすでに、北海道が日本の頭を押さえているではないか!

プロ野球、日ハム以上に北海道のすべてが好きな俺にとって、こんな暑い秋はない。
明日勝って、明後日は現場で歓喜の渦に身を置けたらうれしいな。
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2006-10-09

2006年 10月 09 月曜日

タイヤ交換

冬タイヤにゃまだ早い。
zzr0831-1号…ZZR1100のフロントタイヤだ。
今までの曲がらなさがウソのようになった。

勤務校の玄関先であった生徒、そういえばこの前「美瑛」に行ったと言ってたなぁ…などと考えているウチに国道12号を北上。

途中、どこかのKAWASAKI軍団(ZZR1100のC×1、D×2、1200、GPZ…なぜかハヤブサ)に混ざり、信号待ちでちっちゃい子に手を振り、旭川回りで美瑛に到着。

すでに北海道の屋根は雪を被るが、麓はまだ秋…冬将軍が近づくの構図。
(あ、、またレンズダストか?…と思ったらトンボですと

10月の割に暖かいといってもトレーナー一枚じゃ寒すぎた。


ケイトウの花が暖かそう。
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2006-09-18

2006年 9月 18 月曜日

下見という名のツーリング

「来年の修学旅行の下見にちょっと行ってくるわい。」
「「どうせツーリングでしょ。」」
…さすがカミさん、わかってらっしゃる。

天気が悪けりゃ昇段審査と思っていたが、天気が良かった。
それでもギリギリまで悩んでの10:08、zzr0831-1号発進!

それにしても札幌市南区は広い。
南区3つで香川県か、あるいは大阪府より広い

秋の羊蹄山
羊蹄山は札幌脱出のシンボル。

途中から急に雨が降り、駒ヶ岳が見えない。
駒ヶ岳(残念!)

函館新道初走行!
(…なんか、地元のチェイ○ーなんとかVが元気に…)

ラッキーピエロ
ラッキーピエロで遅い昼食。
(なぜならここは、函館自主研修ランチのメッカだからだ)
相席のご紳士は、山形の蕎麦屋さん
(来年の全中は山形県天童市…水車なんとかと言ってた)
 
新五稜郭タワーへ。

「下見です」のひと言でラッキーピエロ…)

好調ZZR0831-1号は、たちまち「立待岬」。
立待岬

函館山は、二輪通行禁止のだったっけ?…しかし、どこにもその表示がない…「!」…もう遅い…Uターンできない(道が狭い)…ま、いいか…登頂。

(どうせだから遊んじまえ…)

豆さん
そういえば前の修学旅行の時に、ラーメン「道」の鬼、佐野さんが丁度いた豆さんに寄ってみよう。
「イカ醤油ラーメン」を喰った。
「イカ・醤油」ではなく、「イカ醤油」だ。
(イカは欠けらもない)
いわゆる珍味のサキイカの風味がする。
函館ラーメン豆さん
評価:「しつこく絡む足(ダシ)による寝技の一本!」

さてさてすっかり日が暮れた。内浦湾沿いに明かりが見える。
ちょっと休むか…
豊浦町温泉しおさい
豊浦町温泉「しおさい」で軽くひと風呂浴び、ルスツのセイコマで缶コーヒーを飲み、また走る。

三つ星の外車、六つ星の国産車(かつての愛車…)が中山峠で無茶する。
(到着時刻の数十分差にかけるにゃ、家族恋人の命はもったいないべ…)

(ちょっとヘトヘト)
家近くの駅裏の、「(走り屋)焼き鳥斉藤」で串を数本焼いてもらった。
「「大将、今日ZX10(バイク)とか4台で走ってなかったか?」」
「「いや…6台だ。」」

彼らは早朝から、俺は少々遅くから走り、途中峠ですれ違ったのを覚えてた。

zzr0831-1号のオドメーターは「550km」、時計は「21:38」
ラッキー修学旅行にしたるわい)
posted on 2006-09-18 カテゴリ: 北海道 - 0 個のコメント - 0 個のトラックバック
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