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2006-08-15
2006年
8月
15
火曜日
アイヌ語で、
“いつもそこに上って眺望する所”という意味を持つそうだ。
逆に、いつも眺望している割になかなか行くことのない
「藻岩山」の別名である。

石狩湾方向を眺めると、ちょうど円山の頭に琴似の高層ビルが重なる。俺が生まれた頃は砂利道と材木置き場だった場所に、高さ100mを超えるビルが並ぶ。残念ながら石狩湾は靄にかすんで見えない。中央には北大が、その右上には「つどーむ」が位置する。中心街も写るが、これでは何が何だかわからない。

中島公園付近の緑が濃い。そのやや右上の、「きたえーる(…第2の職場みたいなもんだ)と豊平公園緑地」も緑濃い。元々は墓地であったが、その気配は今や全く感じられない。右手には、月寒グリーンドームが見える。2日前、「こども科学博」に出かけた場所だが、俺には「YMO散開ライブ」の記念碑。

中央左の「札幌ドーム」は2002年サッカーワールドカップの、右端の「真駒内アイスアリーナ」は1972年冬季札幌オリンピックのスタジアム。ほぼ水平に通るは地下鉄南北線の、地下ではないシュレーター部分。

地平線右に霞むは風不死岳(ふっぷしだけ)…かどうか、自信がなかったのでgoogleearthで確認した。
スカイホールレストラン531…531は藻岩山の標高を指す。語呂合わせ好きの俺としては、「Go Sight」とこじつける。
【根室産エゾ鹿、鶏肉、野菜のスープカレー】
鉄砲を持っていたオヤジの息子だった俺としては、エゾ鹿肉は懐かしい味だ。スープは少々塩味が強めだが、それはそれでワザあり。カミさんはシーフードカレーをオーダーし、スープ以上に具材、特にイモが美味いと誉めていた。
評価:「合わせ技一本!」
2006-07-30
2006年
7月
30
日曜日
zzr0831-1号で稚内の中体連大会へ行ってきた。
最高の天気に、最高に浮かれた。
道央自動車道を終点で降り、北竜町に寄り道した。過去に来たのは盆明けだったので、今まで見たのはヒマワリの干上がりだ。

(青・黄・緑の絵の具をぶちまけたパノラマ、冷涼な空気を満喫)
留萌までは、単調な道が続く。ガスを入れに寄ったら、偶然に仲間を捕まえた。一本道とはいえなんという偶然だ。
調子よくクルーズしていると、遠別でもう一台の仲間に追いついた。
(悪いが先に行くよ)
サロベツ原野で飲んだ牛乳は格別だったが…腹がくだった。
ゴロゴロを気にしつつも、オロロンラインの風、なんとも痛快な事よ!。
やっと着いたぜ稚内。
(気づいたら「60,029km」…うっかり見逃したが、まあいい)

ノシャップ岬沖に落ちる夕日は、日本で2番目に高いだけあって(?)美しい。
地方での、仲間達と居酒屋でワイワイやっての夕食は、毎年の楽しみだ。
2日間の業務も果たし、14:30に稚内を発つ。

密かな楽しみは増毛に用意していた。
「もういいだろ。ひと思いに喰ってくれよ…。」とエビがピクピクしながらつぶやく。アワビ、ウニ、イクラ…と、「北海の幸オールキャスト」である。
そこからは一気に自宅まで。
久々に全行程802kmのクルージングを満喫した。
もちろん仕事もしっかりやったさ。
(たぶん…)
2006-07-27
2006年
7月
27
木曜日
道大会の審判のため、明日は稚内へ向かう。
天気も良さそうだし、プライベートツーリングするチャンスもなかなかないし、せっかくだからZZR1100で行こう。
たしか1993以来か…そうだ、ZZRを買った年以来だ。
その日思い立って家を発ち、
稚内のユースホステルにアポなしで宿泊し、大阪からのGSX-R1100の松本君や、中2ながら東京から一人旅の荒木少年らと仲良くなった。
早朝の市街地を、少年を後ろに乗せて走ってやったけな。確か有名私立の中学生だったから、今頃どこかで活躍しているかも知れん。
彼らと別れ、一人、礼文島にフェリーで渡り、ここでもアポなしでユースに泊まった。
知る人ぞ知る、
「桃岩荘」である。
(かつては、襟裳岬、岩尾別とあわせて、北海道き○○い三大ユースと謂われた)
漁師番屋そのままの建物、宿泊客皆でフォークソングを歌い、床が抜けるかのごとく踊り…(ちょっとついて行けなかった)、大雨で2日間も足止めを喰らったが、その分また友人が増えた。
フェリーが遠く沖へ離れても、まだ大きな声で歌って踊って見送る桃岩荘の若者達には、大きな感動をもらったのを今でも忘れられない。
おっと、今回は仕事だ。
とはいえこの仕事、実は無給のボランティア。
せっかくだから楽しもう。
途中でちょうど60,000km記念だな。
川重のエンジン、まだまだ現役。
2006-05-21
2006年
5月
21
日曜日
新卒から9年間勤務した
前任校、そして勤務10年目の
現任校、つまり20年を目前にして未だ2校というのもあまり例がなさそうだが、さらに双方は直線にして約7kmの距離を、「水源地通り」という1本道で結ばれている。
おまけに校舎は、両方とも昭和56年バージョンで、階数の違いこそあれども二卵生双生児に近い。
(実年齢は34歳差だが)
生徒達のなつっこさも似たようなモン。
水源地通りの起点は、名前の通り
(2006/05/21撮影)
西岡水源池(→「札幌の文化財」へ)だ。
前任校時代、校区にもかかわらず実は一度も散策したことがなかったというのは、今になってみればもったいない。
現任校での部活レクとして行ったのが初散策で、
カエルの卵を生来初めて見て驚く生徒に驚いた。
いずれは、
水辺に飛び交う
「生きたLED」を、生まれて初めて見て大感動する生徒を見て感動したい。
(ヒマな西O中OBよ、そんときゃ手伝ってくれるかい?)
2005-08-19
2005年
8月
19
金曜日
「zzr0831号」…今や「通勤快速」の代名詞。
両サイドについているパニアケースも、洗濯が必要になった柔道着を運ぶ入れ物。
「ツーリングに行きてぇ!」…想い果たせず、結局今年もというか、フォトアルバムをたどると、98年に奥尻島に行ったのが最後。
'98…まだまだ南西沖地震の傷跡が生々しかった。

しかも、宿の予約ナシの上陸だった。
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2005-08-09
2005年
8月
09
火曜日

千歳航空ショーは、バイクで行くべきだ。結局会場にはたどり着けなかった。
十勝川温泉の「
三余庵」にて、世界でドイツとここだけのモール温泉に浸かり、俺も妻も美人になる。
しかし、北海道各地が誇る食材がなまら手の込んだ料理となって並び、美人は太る。
生まれてこの方、ここ以上の美味いモンに会ったことはない。
年に一度、ここへ行くためにせっせと働く。
RX-8を駆り、糠平湖へ向かう。

今年の北海道遺産は、昨年よりも長い美脚を披露してくれた。
道すがら、グッタリしたミゼットやテントウムシを屈足(くったり)の道ばたに見る。

十勝平野はどこをとっても絵になり、ついつい立ち止まる。
三余庵で紹介された「
十勝千年の森」は、有休が悠久であってくれればと思わせる。

「鉄道員(ぽっぽや)」で、寅さんと健さんのツーショットが見たかったな…と、幾寅にて。